前回に引き続き、しまかぜ(賢島→京都)の車窓から見える史跡等を紹介します。今回は橿原線・京都線沿線です。
大和郡山城(郡山駅→九条駅)
前回の耳成山の後、大和八木駅を過ぎるとしまかぜは橿原線に入って北へ進みます。
ここから、郡山・九条・西ノ京・尼ヶ辻駅のそれぞれの間に続けて城・寺院・古墳が見えてきます。
最初は郡山駅を過ぎてすぐ、左側に郡山城が見えます。電車からは堀を挟んで石垣や櫓が見えるので、すぐにわかります。
郡山城は永正3(1506)年に初めて史料(『多聞院日記』)に現れます。筒井氏・松永氏の争いでは、両軍が郡山城をめぐって争奪戦を繰り広げました。その後、織田信長・豊臣秀吉の時代に筒井氏は郡山城を本拠とし、改修を行いました。
筒井氏は天正13(1585)年に郡山から伊賀国へ転封となります。その後に入城したのが、豊臣秀吉の弟で、2026年の大河ドラマの主人公・秀長です。
秀長は大和国・和泉国・紀伊国で100万石を領し、郡山城はその本拠地でした。秀長は郡山城を改修し、城下町も整備しました。
秀長と養子秀保の没後は五奉行の増田長盛が城主となりますが、関ヶ原の戦いで西軍に味方し、改易となります。
関ヶ原の戦い後はしばらく大名が配置されませんでした。そのような中、元和元(1615)年の大坂夏の陣で郡山城は大坂方に攻められ、落城します。
夏の陣後、同年に水野勝成が6万石で入り、江戸時代の郡山藩が成立しました。その後、藩主は松平氏・本多氏・松平氏・本多氏と変わり、享保9(1724)年に有名な柳沢吉保の子・吉里が入ります。以降は明治維新まで柳沢氏が藩主・城主でした。
薬師寺(九条駅→西ノ京駅)
郡山城の次の九条駅を過ぎ、西ノ京駅の手前で、右側に薬師寺が見えます。ただ、木々ではっきりとは見えません。塔が目立つので、それを目印にしましょう。写真の赤丸部分が塔の上の部分です。
薬師寺は680年に天武天皇が皇后(後の持統天皇)の病気回復を願って建立を発願し、698年に藤原京でほぼ完成しました。養老2(718)年に平城京へ移り、南都七大寺の一つとなります。
その後、当初の建物は火災や戦火で失われ、唯一残っている当初の建物が東塔(国宝)です。その他の伽藍は、特に戦後に復興が進められ、現在に至ります。
垂仁天皇陵(西ノ京駅→尼ヶ辻駅)
続いて通過する西ノ京駅の後、尼ヶ辻駅の直前で左に垂仁天皇陵(古墳)が見えます。平野の中に濠で囲まれ、小高い丘のようになっているので、わかりやすいです。電車から見ると、古墳の左側には鳥居も見えます。
※鳥居は写っていません。右の方の白いモヤは野焼きの煙です。
垂仁天皇は第11代の天皇で、第10代崇神天皇の子とされています。没後は菅原伏見東陵に葬られたとされ、これが今回の垂仁天皇陵とされています。
垂仁天皇陵は前方後円墳で、長さは224mです。周りには濠があります。平地に築かれているように見えますが、実際は低い丘を利用して築かれています。
神功皇后陵(平城駅→高の原駅)
大和西大寺駅の次の平城駅を過ぎてすぐ、左手に山(丘)が続けて2つ見えます。2つ目が神功皇后陵です。電車との間には住宅があり、少し遠いので、わかりにくいです。写真の赤丸部分が神功皇后陵です。
神功皇后(じんぐうこうごう)は第14代仲哀天皇の皇后です。子には応神天皇がいます。
朝鮮半島の新羅国を攻略するように神託がありましたが、仲哀天皇はそれを信じなかったために没したとされます。
神功皇后はその後、新羅国を攻略したと伝えられ、帰国後に九州で応神天皇を産みました。その応神天皇が皇位(第15代)につくのは神功皇后の没後とされています。
東寺(十条駅→東寺駅→京都駅)
最後は東寺です。京都駅の2つ手前の十条駅を過ぎると左側に見え、次の東寺駅を過ぎてもしばらく見えます。見えるのは主に五重塔ですが、五重塔は周りの建物よりもひときわ高いので、良く見えます。
東寺は写真にもある国宝・五重塔があまりにも有名な寺院です。教王護国寺ともいい、真言宗の寺院です。
延暦13(794)年の平安京遷都の際、平安京の入口である羅城門を挟んで西側にある西寺とともに建立されました。
西寺は平安時代以降の数度の火災で荒廃し、鎌倉時代に廃絶してしまいます。
一方の東寺は弘仁14(823)年に弘法大師空海に与えられ、真言宗の拠点となります。鎌倉時代には源頼朝や後宇多上皇の保護を受けています。
15世紀には兵火を受けますが、豊臣・徳川氏の保護のもとで復興を遂げ、現在まで存続しています。
東寺を過ぎるとすぐに終点の京都駅に到着します。さすがに2時間40分は長いと思っていたのに、実際はあっという間だったしまかぜの旅も終わりを迎えます。
賢島→京都のしまかぜは歴史で有名な伊勢・奈良・京都を通るだけあって、多くの歴史スポットを見ることができます。もちろん、途中で降りるわけにはいきませんでしたが、車窓から見るだけでも、遥かな歴史に思いを馳せることができました。
《参考文献》
- 『増補続史料大成 多聞院日記 一』(臨川書店、1978年)
- 『日本城郭大系』第10巻(新人物往来社、1980年)
- 『日本史広辞典』(山川出版社、1997年)
- 米田雄介編『歴代天皇年号事典』(吉川弘文館、2003年)
- 大石学編『近世藩制・藩校大事典』(吉川弘文館、2006年)
- 薬師寺ホームページ(最終閲覧2024年11月5日)
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