藤堂高虎

日本史あれこれ

豊臣秀長の家臣~藤堂高虎とは~

2026年の大河ドラマ「豊臣兄弟!」の主人公は豊臣秀長ですが、その活躍は、もちろん秀長一人の力によるものではありません。他の武将と同様に、秀長にも多くの家臣がいました。今回から(連続企画ではありませんが)秀長の家臣を紹介していきたいと思いま...
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『図説 藤堂高虎』を読んでみた2~本書の誤りを検証する~

前回は『図説 藤堂高虎』の概要の紹介と単純な誤りについて書きました。全体を通して、高虎の生涯をコンパクトにまとめ、史料も多く用いながら具体的に記述しているのは、本書の良い点であると思います。一方で、高虎を研究する私からすると、多くの誤りがあ...
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『図説 藤堂高虎』を読んでみた1~その概要と誤植~

以前に豊臣秀長の概説書として『図説 豊臣秀長』を紹介しました。同じ図説シリーズで、秀長の家臣であり、後に大名になった藤堂高虎の本『図説 藤堂高虎』が令和7年11月に出版されました。今回の『図説 藤堂高虎』はどんな本なのでしょうか?その中身を...
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藤堂高虎の武勇伝2~何がすごい?勲章としての傷と遺訓~

今回は、前回に引き続き、戦国武将・藤堂高虎のお話です。前回は高虎の武勇伝を紹介しましたが、今回は数多の戦いを経験した勲章でもある戦傷と高虎の遺訓(高虎が実際に話した事かは不明)を紹介します。体の傷の数々前回見たように、高虎は特に若い時(但馬...
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藤堂高虎の武勇伝1~何がすごい?逸話の数々~

主君を7回変えたことで有名な戦国武将・藤堂高虎。戦国武将の中では有名なのか、有名とまではいかないのか、微妙な位置にいる武将ではないでしょうか。そんな藤堂高虎ですが、歴史上の人物に付き物の「逸話」にはどんなお話があるのでしょうか?今回と次回は...
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後水尾天皇の皇女・大通文智2~東福門院和子・藤堂家との関係~

前回は文智の生涯について見ていきました。今回は因縁の相手にも見える東福門院(徳川和子)や藤堂家との関係について見ていきます。実は文智と東福門院は良好な関係を築き、文智にとって東福門院は重要な存在になっていきます。また、藤堂家は江戸時代を通じ...
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藤堂高虎は豊臣秀長・秀保の死後も恩を忘れていなかった~江戸時代になっても秀長の法事を続け、秀保の母と交流~

藤堂高虎と言えば、何度も主君を変えて出世した人物として、マイナスイメージを持たれがちです。しかし、豊臣秀長には秀長の死去まで15年、後継者・秀保にも秀保の死去まで仕えました。それだけではなく、秀長の没後は江戸時代まで秀長の法事を営み続けます...
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東福門院徳川和子の入内2~入内と皇子の誕生~

前回は当時の朝廷・幕府の関係と、和子の入内に向けた動きについて見ました。たびたび延期された入内ですが、ついに暗礁に乗り上げてしまいました。ここで登場するのが大名・藤堂高虎です。彼によって入内の話はまとまります。今回は再開された入内交渉から、...
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藤堂高虎は7回主君を変えたが、転職は良くないのだろうか?~変な回数カウント再び&情の高虎~

今回は主君・豊臣秀長没後のお話で、7人目とされる豊臣秀吉に仕えます。前回に引き続き、転職回数のカウントがおかしなことになっています。そして最後の主君徳川家康が登場します。最後に、高虎の退職理由を改めて振り返りますが、高虎が見限った主君は意外...
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藤堂高虎は7回主君を変えたが、転職は良くないのだろうか?~ケンカっ早い高虎と運命の出会い~

以前に少し藤堂高虎の話をしましたが、今回は現代の高虎の悪い評判について考えてみたいと思います。長くなるので、2回かに分けて書いていきますが、結論を言うと、別に悪くはないと思います。1回目は高虎が仕えた1~5人目の主君について見ていきます。何...
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